団塊世代の一人として生を受けた私が社会人として一歩を踏み出した神戸は、潮の香りと貿易船のオイルの臭いがする国際港湾都市でした。風光る4月、三ノ宮の花時計が輝いていたのを覚えています。
会社では、本来、営業に向かない自分の性格を自覚し、競わず急がず自己流を全うしてきました。ただ、新しいもの好きで会社としては使い易かったのでしょう、社内のあらゆる営業部門を経験できたのも、今となりましては財産となっています。
福沢諭吉翁の有名な言葉に「世の中で一番楽しく立派なことは一生涯を貫く仕事を持つことです。」と言うのがありますが、このように永く弘栄貿易に勤められることは、幸福なことです。しかし、中国はもとより近隣アジアの発展やロシアの躍進など世界の経済情勢の変化には、目が離せません。一層のグローバル化の進行とともに、会社も人も変化し続けなければ生き残れないと強く覚悟している次第です。
「 行く河の流れや速し ねこやなぎ 」
取締役 執行役員 川本 泰助 |